2012年3月8日木曜日

NHKクローズアップ現代『アニメを旅する若者たち “聖地巡礼”の舞台裏』を見た。

「故郷の鴨川がTVに出るよ~」
・・という連絡が僕のとこに着たので番組を見ました。
番組サイトをみたら明らかに地元と思われる画像が・・
この菜の花畑は実家からチャリで5分くらいのトコじゃないか(^^;;
連絡なかったら完全に見逃していたと思うので友人に感謝感謝です。

↓番組サイトのスクリーンショット





 










・・で、
「巡礼ゴリ押し止めろ」

ちょっとわかるな~と思いつつも、色々と考えさせられる内容でした。

今年の正月に帰省した際の全くの個人的な印象になりますが・・

駅を出た瞬間に『明らかにタイアップしてる!!』
とわかるノボリくらいはあっても良いんじゃ?と思ったのもまた確かで(・_・;

もう10年程前の事になりますが、
新潟の六日町に住む親戚に会いに行った際に、ちょうどその時期にNHKで放送されていた朝ドラとのタイアップで駅前にのぼりがズンズン立っていたのだけど、それとの対比で余計に「あれ?アピール足らなくない?」と感じてしまう部分も正直あって…

押しどころ引きどころといいましょうか・・

地域との連携ではそういった点が非常に難しいなと思いました。


■ 「海しか出てない」 という話
市民代表の方もおっしゃられてましたが「海しか出てない」というのはアニメ中の「鴨女」の立地条件や駅周辺市街地の現状とも関連性あるかも??(・_・;;
JR安房鴨川駅を中心にして海側、駅前を中心にした商店街(駅前~新町商店街付近)は1980年代に入ったあたりの段階で人々の暮らしが郊外になりつつあったのを受けて徐々に縮小していたのだけど、1992年のジャ◯コ鴨川店駅裏進出効果によって一気に壊滅した感が物凄く強い()。

子供の頃()おつかいに行ったお店やなんかも残ってる店舗がホボない状態…

小学生の頃に通学路として歩いていた新町商店街はこの25年ですっかり閑静な住宅街へと変貌してしまったのでした(TT 
番組中で見る事の出来た商店街が新町商店街なのですが、ハッキリ言って既に『商店街』としての機能はほぼゼロにと思われる程に寂れてしまったorz(
けど、新町通の舗装とか街灯はちょっと特色あると思う(^^

現実問題として現在の「鴨女」のモデルとなった学校付近には学校帰りに立ち寄れる様な場所が無いという。。10年前だったらモスバーガーやサンワストアー(スーパーだがw)がまだあったと思うのですが、駅前にあったパン屋さん2店舗もこの10年くらいで無くなったし、ゲーセンは12年前の21世紀を目前に控えた2000年12月にひっそりと閉店(TT)

今、
「鴨女」の学生が学校帰りに通りがかった際に明らかな独自性を持った物として認識できるような景観物は、それこそ地域独特な物に限定してあげればお寺、神社、NTTの電波塔(これがある通りから熊野神社にあがる坂道は小学生の頃とても好きだった道です)、川上木材付近、石綿チキンストアー)か鴨川書店か砂沢模型店かおもちゃのあづまやか山豊肉店でコロッケを買い食いする)か地引(駄菓子屋)に寄るくらいしかない気が(・_・;;
細かく言い始めるともっとあると思うけれどw
(待崎川を渡った場所にあるコスとガトと何か中華のチェーン店は除外するw)

つまりその・・・

鴨川出身者の僕としても悲しいものがありますが、、
鴨川の市街地独自の景観みたいのが物凄く希薄で魅力が乏しい印象で、
その中で独自の町中景観をあげるとなると・・
やっぱりサーフィン・ショップくらい?(^^;むむ。
今は駅裏にあるバイパスより西側の地域の方が面白い物があるけど、
ちょっと『市街地』という感じではないんですよね。。

新町通りを抜けて旧道をぬける山岳ルートとか、
太海駅舎や江見駅舎の佇まいは個人的には好きだけど隣の駅と更にその隣駅だし(^^;
田舎のとなり駅ってかなりの距離があるうえ()に約1時間に1本という交通の便を考慮すると実際の距離以上に遠い存在として感じてしまう・・


■観光地として・・
まぁ・・その、僕自身も子供の頃から「鴨川は観光地」と言われても、正直『海』しか印象がないなぁ・・という感が強かったので、アニメ中の描写に海が多いのも鴨女の立地と市街地の変貌と現状を合わせて考えると、なんとな~く納得出来てしまうものが個人的にはあるけど(^^;;

安房鴨川駅を中心として観光地を考えた時に、あの近辺は売りになる物が海水浴場と鴨川シーワールドくらいしか実際ないです。ホント。

もし、田舎の農村地帯()を見たいな~となると、最低5kmくらい市内を奥にいかないと駄目だし(^^;;

それに歴史的な建物もあまりないような・・強いて言えばお寺くらい?

市内に点在する伊八の彫刻は個人的には一度見ておいて損はないと思いますが・・う~ん、、そのくらいかなぁ。


■鴨川に聖地巡礼するならついでに・・
『観光地』という意味では寧ろ鴨川周辺市町村(平成の大合併前での)の勝浦市や天津小湊町や千倉町や白浜町の方が観光地としての展開の仕方や新たな観光資源の創出する事に関して一枚も二枚もうわての印象がある。
特に近年、千倉町・白浜町あたりは芸術家の人たちが移住してきたりで面白い場所になって来ていると思います。

なので鴨川に聖地巡礼するのだったら・・

  この際思い切って3日使って足を伸ばして勝浦・安房天津・千倉・白浜を経て館山に抜けるという房総半島1周ルートだ!』
・・と覚悟を決めてしまった方が確実に面白い旅になると思う(汗

1日目 勝浦・安房天津(勝浦タンタンメンと名物の朝市を堪能すべし

2日目 安房鴨川(奥地に行くと時間取られると思う)
3日目 千倉・白浜・館山。。白浜経由するとバスしか交通手段がないっす(^^;
天津と鴨川で一泊する計算。。

1日目は内房線五井駅から小湊鉄道いすみ鉄道ルートで千葉を横断してみるのも旅をより思い出深いものにしてくれるかと思います。
春先のこの時期、沿線には菜の花が咲いていて綺麗なので、このルートはまじオススメです!このルート一度乗ると全ての季節で乗ってみたくなる魅力あり!(^^
ただ、とにもかくにも交通の便が悪いので・・
それらの不自由さも一緒に飲み込んで鋸山(のこぎりやま)以南に位置する安房地域の田舎文化()を楽しもうという気持ちで(汗

まぁ、鴨川の事であまり良いことを書いてはいない僕ですが(^^;;

この15年くらいで観光資源をあらたに作ろうという動き
その動きに対しての結果もなんとか出ていると思うので・・
市役所の産業振興課の人には「ファイト!です(^^」と。

最後に・・

子供の頃『海』の印象しか無かったとは言ったものの・・
ホボ毎日遊び場が太平洋だったというのは、
それはそれで結構な贅沢な事だったのかもなぁと。
ある時に妹がボソっと言った一言で、
「田舎のいいところは一度都会に出ないとわからないよなぁ・・」
って言っていたけど、これ僕もそう思うのだった(^^;


乱文・長文で申し訳ないですm(_ _)m
・・というか、自分でも何を言ってるのかわからなくなってきた。
特に文章の〆の部分w

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注) 1992年のジャ◯コ鴨川店駅裏進出効果によって一気に壊滅した感が強い
もう少し長いスパンでみると、産業の変化と交通の変化がまずあるかも。
昔の…といっても僕が生まれる遙か以前ですがw
昔々の街の中心は鴨川漁港のあたりにあったのだけど、それが時代の流れとともに段々と駅の方に近づいていったのは確かです。バイパスが駅裏の方に通ったのと、田舎に車社会が本格的に到来して町の中心は駅裏から郊外に広がっていたのだと思います。

注)  この25年 
これを書いていて自分が小学生だったのは25年前だった事に気づいたorz

注) 寂れてしまったorz
日本中どこでもこういう問題は起こっていると思うのだけど、駅前の商店街から既にさびれているのって結構あるんじゃないかな?と(新町通商店街は駅前から少し離れているけど)。僕は館山の高校まで通っていたのだけど、久しぶりに館山に行って駅前から本当にちょっと行っただけで「随分寂れたなぁ・・」と感じ、過疎化で日本という国は地方から枯れていくのかな・・という様な事をその時にフト考えてしまったのだった。

注)
子供の頃

高校生だった1993年3月まで前原地区に住んでいました。
太平洋まで徒歩1分という場所でした(^^
祖父が撮影した1960年代前後と思われる頃の前原の写真を見ると、この前原地区には結構な数の旅館があって、話を聞いてみると昔は修学旅行で鴨川を訪れる人がかなりいたらしい。今ではちょっと信じられない話です。
それとは関係のない話として、帰省する度に前原を散歩するものの地元の小・中学生等の姿を全くといって言いほど見なくなった(汗 ますます過疎化と住居の郊外移転が進んでいるみたいで、時代の流れを感じずにはいられないものがあります。

注) 「鴨女」のモデルとなった学校付近
そもそも川の近くのあの辺にはお店的なものも住居もあまりない気が(^^;;
あと新町商店街も学校からは少し距離がある。
ちなみに20年前までこのモデルとなったと思われる学校は「千葉県下でも5本の指に入る」と地元でも言われていた底辺校だったのだけど、2度程学校の経営者が変わってから大学進学にチカラを入れ始めて、国立大学にも生徒を送り出すようになったのは市民にとって最大級の驚きがあったのではなかろうか?と。

注)
石綿チキンストアー
中学・高校生の頃はここでよくモツ煮や焼肉を買って食べたのは良い思い出(^^
今でも帰省の度に実家に戻る前によってしまうのだったw
駅からも近いのでオススメです~

注) おもちゃのあづまや
地元では結構名物なおもちゃ屋。小学生の頃はこのおもちゃ屋を友人たちとの集合場所にしていた(^^ このおもちゃ屋の建物には旅館の建物が合体していまして、旅館の方は数年前に廃業してしまったのだけど、そこで夏場にバイトしたのは良い思い出です。あと、何気にファミ通のランキングの集計店になっています。
個人経営のおもちゃ屋で集計店になっているのはかなり珍しいのでは?と。

注) 山豊肉店でコロッケを買い食いする
そろばんに行くついでにここでハムカツやら買って食べたなぁ。。
久しぶりに食べてみたい(^^

注) 田舎のとなり駅ってかなりの距離があるうえ

西武池袋線と比較すると2.5~3駅分で外房・内房線1駅分くらいに相当する距離格差があるんじゃないか?

注)田舎の農村地帯

観光目的で行くとなると・・
みんなみの里や大山の千枚田くらいしか無い気がするが(^^;;
みんなみの里へはバスで駅から約20分、千枚田はもっと時間かかります・・

注)伊八
波の伊八と呼ばれる彫刻師。
詳しくは↓で(^^;
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B3%A2%E3%81%AE%E4%BC%8A%E5%85%AB

注) 鋸山(のこぎりやま)以南に位置する安房地域の田舎文化
高校の時の古文教師が提唱していた「鋸山を境に文化が違う」という説。
授業中唐突に出張で県北に出かけた時の話になり・・
「鋸山を境にして北と南とでは明らかに文化圏が違うよね。
女子高生のスカートの長さが明らかに違うぞ!」
と真顔で話しはじめたw
クラスは勿論大爆笑で僕も「おもろい事いう先生だなぁ」って思って、それから先生の古文授業をマジメに聞くようになったのだった。そして高校を卒業し都会に出た時に先生の説はあながち間違っていないという事を実感する事となるw
ちなみに現在、女子高生のスカートの長さは都会と大差ない気がする(^^;

注)
 この15年くらいで観光資源をあらたに作ろうという動き
記憶が曖昧なのだけど大山の千枚田とか上記の「みんなみの里」はPRし始めたのはそのくらい前だったような。おらが丼は数年前だったような。要・自習(^^;

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